雛鳥の翼は産毛だらけで卑小で、あまりに柔らかい。
 それを毟り、折り――
 野生では「弱肉強食」と言うらしいが、私に関しては皆それを、口を揃えて「教育」だと言う。

 とんだ茶番ではないか。








 ヴェルネートが彼らしくもなく慌てた足音を立ててやってくるまで、オーリアはひたすら、立っていた。
 ――否、様々な感情が胸の琴線をかすめては消えてゆくのに、じっと耐えていたと言った方が正しかっただろう。 座して気持ちを静めるなどという芸当を体得するには、まだこの風巫女は幼すぎた。
 ゆえにただ歯を噛み、長い睫毛を伏せては震わす。
 されどどれほど堪えようが、苛立ちばかりは炎のように内側を舐め焦がし、奥の方から勝手に乾いてゆく。
 こく、と何度目ともなく薄い喉を鳴らしても、背後には、呼吸さえ感じられない老いた巫女が跪くのみだ。
 くらり、くらり、揺れる灯火だけが、狭い室内に儚く濃淡、影を描く。

 慌てふためいた足音が戻ってきたときに覚えたのは、安堵なのか、緊張なのか――びりびりと胸が締め付けられるような心地は、どちらとも振り分けづらかった。
 それでもやはり、こころがどこか一線を越えてしまっているらしい。 こちらに目を剥いた老神官がおかしくて、手足のしびれなどとはおおよそ無関係に、ゆるり、首を傾げてしまった。
 おかしい。 感情と仕草と肉体とが部位ごとに、自分でわかるほどちぐはぐだ。 ばらばらの何かをつなぎ合わせた中にようやく、「自分」が呑みこまれている気がする。
 その沈黙のまばたきをどう解釈したのか、ヴェルネートは一息でひざまずく。
「巫女姫、いかがなさいました。 いずれかの者、失言でも――」
 絞り出された声は、少女の耳にはいつになく、しわがれて聞こえた。

 ああ、なんだかとても滑稽だ。 オーリアは眉をしかめる。 この老神官は何を恐れている?
 指先ひとつで顔を上げるように命令し、まじまじとその名ぶしがたい表情をのぞきこむ。
 幼い肩口からなめらかに銀のひと房が転がり落ちたその瞬間、 また老いた瞳に怯えともつかない色が閃いた。

 ああ、滑稽だ。 滑稽だとも。 淡紫の幼い瞳がすう、と細くなる。
 弧を描く。 笑みの形に、だ。

「そうではない。 ……うん、お前と話をしたくなったんだ、ヴェルネート」

 そう言ってうっすらと開いたまま、初花色の唇が笑う。
 自ら出向かず、すまなかったな、などと音を出したその唇に、息さえ乱して飛んできたヴェルネートは、今度こそぞっとした。
 早乙女の、その恥じらう蕾のような色の唇からしかし、こぼれる音には色がない。 心の伴わない音色はどれほど心地よい調べであろうと、それを言葉と呼べようか。
 抑揚だけが柔らかに張り付けられ、まろやかな水が川面をころがるよう、後腐れもなくただ、流れていく。

 その旋律にあわせるよう、まだ頼りない娘の指先が、綺麗に伸ばし切りそろえた銀髪を、肩口からさらりと掬っている。
 紫水晶の瞳はその己の指を追っているにも関わらず、――威圧感は、ひどいものであった。 元来部屋が狭いのもある。 窓もなくうすら暗いことも要因であろうし、ここが神殿の奥深くであり、余計な音さえ訪いはしない場所だから、というのも確かだ。
 されど、せらせらと笑う小娘のその居住いひとつで、すべての口が閉ざされる。 すべての動きが制される。 ゆらゆら揺らぐ炎の影さえ、厳密な格式に則って踊っているかのようだ。 ここに存在するもの総じて、彼女の意図の下にある。
 どこか遠くから逃げ出した巫女らがすすりなく音が聞こえた気もしたが、些事も些事、この場ではいかほどの意味をもなさないのだ。

 本来あるべくしてある通りに指導者然として、強烈な威を発して、そこにあるのは風巫女だ。
 先日まで誰も――オーリア自身でさえも認めていなかった、「風巫女」だ。

「どうしたんだ? 小言のひとつもないと、なんだかおかしいな……ああ、我の話を聞いてくれるか?」
 少女が腰をかがめて、まるで無邪気な調子で膝を付く老人に問う。 無論、もはや問いと呼ぶのも馬鹿馬鹿しいほどの命令には違いがなかったのだが。
 期待もしていない以上、はなから答えなどない。 むしろ身じろぎもせず息さえ止めているのではないかと、どこか頭の遠いところで、オーリアはヴェルネートを案じた。 しかしなにしろその思考が遠く淡いものでしかないから、挙措にはかけらも滲まない。

 ゆえに風巫女は、幼い背をすとん、と伸ばす。 老神官から視線をはずし、天井の隅の真闇を仰ぐ。

「まあいい。 我は我なりにな、ひとつ考えたんだ。 ……リューシャをな、怒らせたろう? 我も怒った。 それでな、一晩考えたんだ」

 笑う。 声音の底に震えが混じる。
 ……いや、 これはそうではなく、もしかしたら慟哭なのだろうか? どちらにせよ、オーリアはどうでもよかった。
 逆にはそんな瑣末なことを気にするほど落ち着いていられたなら、どれだけ運命は変わったのだろうかと、後から思う。 しかし決して忘れるまじきことに、彼女はこの時、12歳でしかなかったのだ。

「我は、一体なんなのだ? 風の巫女姫とは、何を言って定義するものか? それは我でなければ、ならないの? どうしてわた――我なん、だ――?」

 空気は、もはや凍りついていた。

「なぁ……、 なぁ、我は、本当は人形なんだろう? 人の血肉で育まれたものではない、そうだろう? だから……」
 だから、――そう空回りする唇をそっと舌先で湿らし、オーリアは表情を、ぞっとするような笑みへと変えた。 悲哀とも癇癪ともつかない歪みを、形ばかり穏やかだった笑顔に、息をのむほど鮮やかに一瞬で滲ませた。 双眸から涙が弾けたのは、自他共に――恐らくこの場のすべてが認めていることだが、互いに何も言わない。
 言葉にするには、オーリアにも、神官、巫女たちにも、痛すぎる。

「だから我は、……我、は、――嫌われるんだろう? あ、い……っ、愛、して、――もらえないんだ、ろう? なあ……っ!」

 人形を意のままに操り、望むような衣を着せ、時には願を掛け、呪いを、穢れを移す。 人の形をした見目麗しい木偶(でく)は、確かに人の役に立ち、重宝され、描かれた笑顔を振りまく。
 しかしその「道具」を心から愛し慈しむような者など、いはしない。
 それと同じではないか。
 「風巫女」という傀儡の席に据えられ、いくら丁重に扱われ傅かれようとも――
 それが「オーリアでなければならない」訳では、ない。
 所詮、一時のお飾りだ。 人身御供だ。 連綿と平坦な歴史を紡ぎ続けるための、ほんの欠片の材料に過ぎない。
 そんなことは重々、説かれずとも承知していた。 もっと言えば、彼女を取り囲む空気が、視線が、常にそう囁いていた。
 いつか代変わりするまでは、この小娘の我侭に付き合ってやるしかないのだと。
 いつだって疎ましかったし切なかったが、今この時ほどそれが深刻だった試しはない。

 夜明けに招いた心の凪は、まるで嘘のようだった。
 暴れた風は瞬く間に雲を引き裂き連れ出し、轟々、嵐とばかり渦巻く。
 留める術などは、まったくもって、知る由もない。
 もうちぎれてしまいそうなほどに軋む胸では、知りたくもなかった。

「そうだろう? 正直、に、……申せばよい、だろうっ!? なぁ、なあ! ……っ、なぁ――!」
 この場で誰よりも歳若い少女は、朝雪の白銀を揺らして笑う。 ぞっとするほど大人びて笑う。 眉根を寄せて神官長を睨みつけながら、肩を怒らせながら。
 口の端を引き上げ眼を細めながら、その薄紫から、涙をしたたり落とす。
 無意識にそうしているのだろう、いつの間に薄い下衣の膝の辺りを両の拳できつく握り、震わせている。
 いっそずたずたに傷付けられることを望んで、膝を笑わせ、立ち尽くす。

 されどいくらこの明瞭なる屁理屈への同意の言葉を求めても、誰一人として身じろぎせず、口を開こうともしない。
 ここで肯定さえ貰えれば、オーリアは大人しく飾られるつもりだったのだ。 あるいは、その同意すらなければ、もう何も信じるに足るものがなかったとも言えよう。 自分の血肉さえ、この狭い世界で育て上げられた心さえ、信頼も甘えも愛着もなにもかも、「自分」を定義するに足りなかったのだ。
 私とはなんなのだ、巫女とはなんだ。 どうして嫌われる、 どうして認められない、 どうして、どうして、どうして――。
 心を捨て、情を拒み、ただ本当の人形になる。 すくなくとも肯定ひとつで、そうするだけの覚悟を、決められた。 幼い胸はそこまで追い詰められていた。
 言われたことに唯々諾々と従えば、誰も文句を言わないのだから。
 望まれるように振舞えば、誰も苦い顔をしないのだから。
 求められるまま祈り続ければ、誰も疎むような視線を向けないのだから。
 従順に心に言うことを聞かせれば、それで誰も、自分さえ苦しく思わないのだから。
 なのに、誰もそれを、納得させてくれない。
 ひとりでがくがくと震えるオーリアを、いっそこの時となっては、誰もが呆けたように見つめている。
 ――まるで今この瞬間初めて、目の前の風巫女が、御しにくく我侭な「人形」ではないと知った、十二の子供だと解った、とでも言うような顔で。

 望むとおりに傷付けては、諦めさせては、くれない。

 不可思議なものを見るような、期待はずれの失望を秘めたような、複雑な視線が、視線が、視線が、ただただ、あまりに幼い風巫女に、注がれる。 全く望まない傷ばかりを、重ねて刻まれる。
 それ以上を与えるでもない。 また、ただ一縷の望み、それ以外を奪うでもない。 ――当然のことではあれ、ヒトには人形の言葉など聞こえるはずもなく、その存在を一顧だにする筈がない。

 つまりオーリアが自分を騙すためにひねりだした屁理屈は、されどようやく気付いた真理でもあったのだ。 風の大神殿にある者にとって、すくなくとも当世の風巫女は、威厳あるように飾り立てて、なだめすかす手間のかかる人形でしかなかった。 或いは個人の心情の上ではいざ知らないが、扱いはおおよそその的を外していなかったのだ。
 それがただの子供であると、この場でオーリア自身だけが知っていた。 これは人形ではなかったのかと、絶句が高らかに唱和をした。
 その沈黙に、ついに風巫女はうつむく。 ぱた、 と涙が床に跳ねた音がして、そうしてようやっと、ぎこちなく空気が引きはじめた。 ただ逃げるごとく、後を濁さないことだけを意識するかのように、ひたすら沈黙のままで。

 尊厳を奪われるまでもない。
 そもそも姓すら「捨てさせられた」オーリアに、尊厳など存在しなかった。

 だが彼らはひとつだけ、オーリアに今までと全く異なったものをくれた。
 出所の解らない、ただ夜明けの静寂と同じように響く絶望を、知らしめてくれた。

 風生まれいづる山岳の国、スィスティレアの風の大神殿にいる者どもに、救済を叫ぶだけ無駄だったのだと、ようやく理解をするのには、足りたのだった。




「お待ちください、巫女姫さま――っ!」
 この際(きわ)となっては、神殿を騒がせているのは巫女姫ではなく、もっぱら神職らの方になっていた。
 今日も風が死に絶えてしまったような薄暗い夜明けの回廊を、先だっての冬に御歳十五を迎えた風巫女は闊歩していく。
 綺麗に結わえた銀糸の長髪も、上質な衣も、以前の通りに……というよりか、以前にもましてきちんとしたなりをしているにも関わらず、細身の背にすがりつくよう、数名の巫女が小走りに従っている。
 けれどもオーリアは、決して振り向いてやらなかった。
 こんな奴らの戯言に耳を向ける気にはなれない。 どうせいつもの泣きごとと懇願だけなのだ。
 もはやオーリアは、理解されないことを恐れてなど、いなかった。

 縋る足音の慌てようをものともせず、巫女姫は悠然と背筋を伸ばして目当ての部屋まで足を運ぶ。 この神殿の長たる権限と魔力をもってして開けられない扉などなく、今日この日となってしまっては、向こう側から喜んで開かれたと思えるほど滑らかに軋んでくれた。
 そこは祭壇の間だ。 いつか癇癪を起した時などは立てこもった場所も、すっかり本来の役割を取り戻して、この時はただ一人分の祈りを受け止めていた。 額づく姿勢から振り向いたのは、その顔の皺に一筋ひとすじ、影をはべらせた神官の長――誰あろうヴェルネートでしかない。
 彼が何も言わないままにも、オーリアは綽々、祭壇の前まで進んでゆく。

「さあ、邪魔をしてすまなんだ。 されど火急でな――ヴェルネート神官長、十と五つばかりの間、世話になった。 我はゆくぞ……ゆえに命ずる、この腕環を外せ。 壊してしまった」
「……やはり、限界でございましたな」
 唸るように述べてこうべを垂れた老神官に、オーリアはすっかり勝ち誇った様子で、左の手首を見せつけてやる。
 繊細な腕環の中で、憎たらしいほど輝いていた琥珀が、まっぷたつに裂けていた。
「ああ、そうだろうとも。 最近いらいらしていたからな、つい我を忘れてしまった。 されば、小賢しい呪いで歪められた琥珀殿は、我が風の系譜の正統たる魔力についに負けたと見える。 もはや貴様らになど、我を御せる枷は作れまい? どうだ、地の巫女姫でも連れて参って、我と闘わせるか?」
「その必要はございますまいて。 姫様は大人になられた―― ときに、“行く”、とは」

 ヴェルネートの瞳が諦念を濃く映しているのを見ては、風巫女はそれは機嫌よさそうに、頷いて返した。

「そうとも、我はゆく。 引きとめるでないぞ、お前らの庇護の下にいたら、それこそ我は壊れてしまうだろうよ。 なぁ、我がまことに風巫女であるなら、死に至る筈はないのだろう? 神のご加護があるのだろう?」
「さりとていずこへ行かれます。 姫様はおのれの身寄りを知りませなんだ。 もしこのおいぼれに問い合うようでしたならば、さて、忘れてしまいましたな」
「必要ない。 はなから耄碌爺に期待などしておらぬ。 ……さて、大陸中を巡礼でもしてみようか? ヘイルハインド、ヘーゼルリオン、……ああ、玉瑯もいいな。迷ってしまう」
 綽々と言い連ねた少女に、ヴェルネートは淡々とこうべを垂れる。 今では諌め一つ入れるにしても、臣従なくしては巫女姫は、声を聴くことさえしなかった。
「畏れながら、 風の民を、この神殿を棄てますか」
 問い、というよりか詰りの調子にすら、半分おもしろがるように、片方の眉を跳ねあげて、
「ほぉう、そうくるか。 されどそも、お前らは我を必要としていたか? 銀髪の娘ならいくらでもいるではないか。 すげかえたって気付くまい。 もとより我は民草ごときの顔なんぞ見たこともない」
「――大神殿に主たる巫女姫がおらなんだとは、古今聞いた試しもございませぬぞ」
「だから、お前の記憶になど頼っておらぬと申したはずだ、ヴェルネート。 最近気付いたんだがな、我は束縛が嫌いなんだ。 風は拘束されるものではあるまいて? 慣習に縛られてやるとは結構なことだが、それよりな、我は詩人のように飛びまわってみたい。 なに、外でいくらでも祈ってやるさ」
 いっそ誇らしげに言いきっては、オーリアは凛、と背を伸ばす。
 そのあまりにも傲岸な態度に、ついに我慢ならなくなった巫女の一人が、叫び声を上げた。
「いッ、いい加減になさいませ! そのような我侭を申されれば、神とて愛想を尽かします……!」
「……へぇ、なるほど? 我を気遣ってみせるとは、やさしいな、お前は。 だが、好都合ではないか。 遠慮はいらぬ、喜べばよいだろう?」
 にぃ、と皮肉げに、オーリアは巫女らしからず口角を吊り上げる。 反駁した年若い巫女は、もはや蒼白と言ってよい顔色をしていた。
「それで我はお払い箱、どこか山野で野垂れ死にだ。 ともなれば、新たな御しやすい巫女姫が生まれようさ。 それを存分に愛でるがよいぞ。 我には偽りの慈しみなど、必要ない」
 無理矢理張り詰めさせた空気が、その負荷に耐えきれずに軋むのも気にせず――さらりと銀髪を払って、風巫女はまるで幼子のように小首をかしげ、言い切った。
「愛情とやらの押し売りは、ごめんだ」
 薄紫の瞳が、採光窓からそそぐ朝日に、仄青く燃えていた。


 いずれにせよこうした反抗を重ねるまでもなく、オーリアはほどなくして自由の身となった。 ……とは言え決して、出奔宣言への意を得た訳ではない。
 そもそも創世記より始まる神代ならばいざ知らず、この世は最早、自然と魔術とによって支えられておきながら、それらに支配されている訳ではない。 いつから始まったのか定かではない人の世があり、長い歴史を持つ国家があり、そして不和と諍いと、謀略でとうに満たされていた。
 “風生まれいづる山岳の国”、たまたま風の大神殿を擁する北の小国、スィスティレアとて乱世の空気と無縁ではいられなかったのだ。

 そもそもの発端は、スィスティレア西に山脈を越えて接する“帝国”が、スィスティレアをはじめとした辺境国らを併呑するような動きをみせたことだった。
 これに異を唱えたのが大陸の北東を牛耳るエルゼラという国で、そうなってしまってはもはや、小国らに成すすべなどない。 かくて北辺諸国は二大国の陣取り合戦場となり、高貴なる血脈のみで生き延びてきた諸王家はたちまち降伏、断絶していった。
 とは言え積極的に侵略される「理由」があった訳でもない。 下手をすれば“帝国”がエルゼラに戦をけしかけたかったがために、餌として釣られたとしかとれない部分もあった。
 されどそれを逃れる明確な実力がなければ、大国の「正義」には従うほかなかったのである。
 スィスティレアはその諍いの早い段階で“帝国”に接収されたが、それを待っていましたとばかり、「奪還」するべくエルゼラが牙を剥く。 かくして草原は焔で染まり、街は王城は焼き焦がされ、風の国の民は逃げまどい散り散り、畑もことごとく踏みつぶされた。 いかなそれが「俗世」の出来事とは言え、神殿さえも例外とはされなかった。 それどころか非協力を宣言した途端、“帝国”とエルゼラ、どちらからともなく「邪魔もの」として踏み荒らされたのだ。
 なにせ神は無力ではない。 魔術はすなわち戦においては、破壊力であり、呪いであり、医療であり、また神殿騎士といえば誉(ほまれ)として、その国の精鋭が集うものである。 ともすれば敵国の戦力になりうるそれを、放置しておくのは得策とは言えなかったのだ。

 ともかく国は滅び、神殿も潰えた。 そしてオーリアは、うざったかったものすべてを焼き滅ぼされた。 彼女を庇護するものすべてを、幾重の戦火はことごとく、奪ったのである。
 されど風巫女は生きて焦土にいた。 いっそ呆然と、焦げて泣き叫ぶ風の声を纏って、立ちつくしていた。

 そうして、彼女の世界は――望まざるとも――開かれたのだ。





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